平将門と茨城県のゆかりの地(伝説・墓・寺・神社・戦場等)
平将門とゆかりの地のメニュー案内
市町村別の平将門ゆかりの地
茨城県桜川市:平将門ゆかりの地(伝説・寺・墓・館・神社・峠)
茨城県筑西市:平将門の乱の関係地(伝説・墓)
茨城県下妻市:平将門ゆかりの地(伝説:神社・館)
茨城県八千代町:平将門ゆかり・乱の関係地(伝説:神社・寺・遺跡)
茨城県常総市:平将門ゆかりの地(伝説・墓・寺・神社・川)
茨城県坂東市:平将門ゆかり・乱の地(伝説:塚・神社・寺・桜・銅像)
茨城県結城市:平将門ゆかりの地(伝説:神社・寺・石)
茨城県古河市:平将門ゆかりの地(伝説・寺)
茨城県石岡市:平将門ゆかりの地(伝説・遺跡)
茨城県土浦市:平将門ゆかりの地(伝説・寺)
茨城県稲敷市:平将門ゆかりの地(伝説・神社)
茨城県つくば市:平将門ゆかりの地(伝説:神社・館・遺跡)
茨城県守谷市:平将門ゆかりの地(伝説・寺・神社)
茨城県取手市:平将門ゆかりの地(伝説塚・墓・神社)
五大力堂のVRツアーの案内
桜川市の五大力堂の地図
后神社:桜川市の平将門・妻の伝承の神社
后神社は、桜川市大国玉にある神社です。平将門の妻「君の御前」と大國玉神社の御祭神・オオクニヌシの妻「スセリヒメ」を祀っています。君の御前の父は、平真樹で、大國玉神社の領主・祭主です。
所在地〒309-1244 茨城県桜川市大国玉1840
后神社のVRツアーの案内
桜川市の后神社の地図
御門御墓:桜川市の平将門の伝説の墓
御門(三門)御墓のVRツアーの案内
桜川市の御門御墓の地図
歌姫明神:桜川市の平将門の伝説の神社
桜川市真壁町羽鳥にある歌姫(うたづめ)明神は、万葉集や常陸国風土記にある歌垣の地とされており、平将門もここで歌垣を行っていたと云われています。妻の君の御前、及び平良子も歌垣で出会った説があります。なお、歌垣場所は、筑波山の東尾根のやすらぎの里の夫婦石(説明板に記載有)や南東尾根の飯名神社付近とする説もあります。
所在地〒300-4412 茨城県桜川市真壁町羽鳥1073
歌姫明神のVRツアーの案内
桜川市の歌姫明神の地図
平良兼の館跡(服織の宿):桜川市の平将門の戦場・館スポット
桜川市真壁町羽鳥にある歌姫明神の付近には、羽織(はとり)の宿とよばれる平良兼の館がありました。良兼は上総・下総の本拠地とは別に、筑波山に囲まれたこの辺りにも館を構え過ごしていたようです。937年(承平7年)、将門により羽織の宿は焼き払われますが、良兼は筑波山中の湯袋峠に逃げ込みました。湯袋峠は、良兼が将門の追撃を避けて身を隠した場所として知られています。将門軍も良兼を見つけられず、郡を引いたといわれています。
所在地〒300-4412 茨城県桜川市真壁町羽鳥133(羽鳥会館の付近)
平良兼の館跡(服織の宿)のVRツアーの案内
桜川市の平良兼の館跡(服織の宿)の推定場所付近図
湯袋峠:桜川市の平将門の伝説の戦場・峠
湯袋峠は弓袋山の対陣の場で、桜川市と石岡市の境界にあり筑波山北部に位置します。かつては弓袋山といいましたが、温泉が出たため湯袋と名がつきました。937年、子飼の渡しの合戦で妻子を奪われ怒りに満ちた将門は、大軍を率いて良兼の本拠地羽織の宿を攻め入り、焼き払いました。しかし良兼軍は湯袋峠に逃げ込み、将門はむなしく兵を引き上げました。
所在地〒300-4406 茨城県桜川市真壁町山尾
湯袋峠のVRツアーの案内
桜川市・石岡市の湯袋峠の地図
平国香の墓伝承1:筑西市の平将門の伝説・墓おすすめスポット
平将門の伯父・平国香(たいらのくにか)の墓の伝承1件目は、平国香の本拠地があった筑西市東石田の民家の一角にあります。将門は、領地等の争いから反撃に出て平国香の石田館を焼打ちにし、その時に国香は亡くなっています。
所在地〒300-4521 茨城県筑西市東石田300
平国香の墓伝承1のVRツアーの案内
筑西市の平の国香の墓の伝承の地1の地図
平国香の墓伝承の地2:筑西市の平将門の叔父の伝承の墓
平将門の伯父・平国香の墓の伝承2件目は平国香の本拠地の筑西市東石田にある畑の中にあります。明治時代に竹やぶを開墾しようとした際に塚が見つかり、塚に埋蔵されていた石棺から、勾玉や金環が発見されました。
所在地〒300-4521 〒300-4521 茨城県筑西市東石田1141
平国香の墓伝承の地2のVRツアーの案内
筑西市の平国香の墓の地図
大宝八幡宮:下妻市の平将門の伝説・神社
大宝八幡宮は、下妻市大宝にある関東最古の八幡神社です。創建は大宝元年(701)で、平将門も戦勝祈願のために度々参拝したとのことです。また、平将門は当宮の巫女によって新皇の位を授けられたと伝えられています。『将門記』には、平の将門は、939年に八幡大菩薩よりの神託をうけて「新皇」を自称したと記載されています。
所在地〒304-0022 茨城県下妻市大宝667
参考大宝八幡宮 公式ホームページ
大宝八幡宮のVRツアーの案内
下妻市の大宝八幡宮の地図
平将門鎌輪之宿址石碑:下妻市の平将門の伝説・史跡
平将門鎌輪之宿址石碑は、下妻市鬼怒の千代川公民館の裏手にあります。将門の父良将は、相馬郡のほか豊田郡、猿島郡にも勢力をもち、豊田郡鎌輪に営所を置いていたとされます。将門は下司の職を辞した後、父を受け継ぎこの地を本拠地として開拓をしながら平和に生きようとしたと云われています。
所在地〒304-0818 茨城県下妻市鬼怒230
平将門鎌輪之宿跡石碑のVRツアーの案内
下妻市の平将門公鎌輪之宿跡石碑の地図
平将門公鎌輪之宿址:下妻市の平将門の伝説・宿址
下妻市鎌庭の香取神社の境内にある平将門公鎌輪之宿址案内板です。ここは平安時代中期(940年)に書かれた将門記に記載のある、将門本願の地でした。近くの千代川公民館裏手には平将門鎌輪之宿址石碑があります。
所在地〒304-0819 茨城県下妻市鎌庭54
平将門公鎌輪之宿址のVRツアーの案内
下妻市の平将門公鎌輪之宿址の地図
御所神社:八千代町の平将門又は桔梗の前の館跡伝説
御所神社は八千代町仁江戸にあり、ご祭神は平将門とされています。当時この地は平将門の諸説ある中の出生地「鎌輪」地域であったという説もあり、将門、あるいは桔梗の前の館があったという説もあります。
所在地〒300-3539 茨城県結城郡八千代町仁江戸
御所神社のVRツアーの案内
八千代町の御所神社の地図
鹿嶋神社:八千代町の平将門の乱の野本の戦いの地伝説
八千代町野爪にある鹿嶋神社は、大同元年(806年)に藤原音麿によって建立された常陸国十六郷総鎮守の神社です。承平五年(935年)の平将門の乱での社殿が焼失したほか、兵乱や災害の度に社殿が再建されてきました。将門記における野本合戦は、この辺で起きたという説があります。
所在地〒300-3518 茨城県八千代町野爪430
お問合せ鹿嶋神社:電話 0296-48-1501
参考八千代町教育委員会 鹿嶋神社本殿 紹介ページ
鹿嶋神社のVRツアーの案内
八千代町の鹿嶋神社の地図
佛性寺(栗山観音):八千代町の平将門の御厨馬牧・寺
佛性寺(栗山観音)は、八千代町栗山にある天台宗の寺です。周辺の土地が馬の飼育に適していたため、平将門の乱の際に軍馬の供給地としてこの地が拠点となりました。観音堂の内壁に御厨馬牧の風景が描かれています。栗山観音佛性寺の観音堂及び仁王門は、茨城県指定有形文化財です。
所在地〒300-3551 茨城県八千代町栗山476
お問合せ栗山観音 佛性寺:電話 0297-42-2300
参考八千代町教育委員会 佛性寺観音堂 紹介ページ
佛性寺(栗山観音)のVRツアーの案内
八千代町の栗山観音の地図
尾崎前山遺跡製鉄炉跡:八千代町の平将門の伝説・史跡
尾崎前山遺跡製鉄炉跡は八千代町指定文化財です。8世紀につくられたと調査されており、この地を支配していた平将門もこの製鉄炉を使い刀剣等の武器を製造していたと考えられています。
所在地〒300-3554 茨城県八千代町尾崎宇前山404-4
尾崎前山遺跡製鉄炉跡VRツアーの案内
八千代町の尾崎前山遺跡製鉄炉跡の地図
蔵持建長銘板碑:常総市の平将門公赦免供養之碑:供養碑
常総市蔵持にある蔵持建長銘板碑は、平将門の供養の為に建てられたと云われている、常総市指定文化財の板碑です。もともとは鬼怒川沿岸の引手山に4基あったものが移され、3基はこの地に、1基は西福寺に置かれています。
所在地〒300-2722 茨城県常総市蔵持552-1
お問合せ常総市観光協会・常総市商工観光課内:電話 0297-23-9088
参考常総市 蔵持建長銘板碑 紹介ページ
蔵持建長銘板碑のVRツアーの案内
常総市の蔵持建長銘板碑の地図
西福寺建長銘板碑:常総市の平将門公菩提供養之碑・寺
常総市新石下の西福寺入口にある西福寺建長銘板碑は、別名「炎石」とも呼ばれ、平将門を供養する為に建立されたと云われる板碑です。常総市指定文化財となっています。鬼怒川沿岸の改修工事のため引手山から移された板碑は4基あり、ほかの3基は常総市蔵持公民館の側にあります。
所在地〒300-2706 茨城県常総市新石下1034
お問合せ西福寺:電話 0297-42-2300
参考常総市 西福寺の建長銘板碑 紹介ページ
西福寺建長銘板碑のVRツアーの案内
常総市の西福寺の地図
下総国亭(庁)跡:常総市の平将門の父の平良将が設置
平将門の父である平良将が下総開拓の府として国庁を置いたとされる常総市国生に、下総国亭(庁)跡(しもふさこくちょうあと)の石碑があります。国庁は将門の時代まであったといわれています。
所在地〒300-2741 茨城県常総市国生
お問合せ常総市観光協会・常総市商工観光課内:電話 0297-23-9088
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常総市の下総国亭跡の地図
平将門公本遽豊田館跡(将門公苑):常総市の平将門の館跡
常総市向石下にある豊田館跡は、平将門が生まれた場所と云われています。父である平良持が本拠とした場所とされ、戦国時代には豊田氏により向石毛城が築かれました。平将門が主人公として描かれた1976年のNHK大河ドラマ「風と雲と虹と」の放送を記念し、石碑やレリーフ像が建てられました。
所在地〒300-2742 茨城県常総市向石下121
お問合せ常総市観光協会・常総市商工観光課内:電話 0297-23-9088
平将門公本遽豊田館跡(将門公苑)のVRツアーの案内
常総市の平将門公本遽豊田館跡の地図
平親王将門公一族墳墓之地:常総市の平将門の一族の墓
常総市蔵持にある平親王将門一族墳墓之地は、平将門の父である平良将と兄の将弘の墳墓であり、のちに討死した平将門も葬られたと伝えられています。この地帯は古くから石碑群があり、御子埋台地の引手山とよばれます。石碑前は馬から降りずに通過すると落馬すると恐れられ、畏敬されてきました。現存する板碑は4基で、河川工事のために1基は常総市新石下の西福寺に、3基は常総市蔵持公民館の側に移されました。
所在地〒300-2722 茨城県常総市蔵持
お問合せ常総市観光協会・常総市商工観光課内:電話 0297-23-9088
平親王将門一族墳墓之地のVRツアーの案内
常総市の平親王将門一族墳墓之地の地図
六所塚(前方後円墳):常総市の平将門の伝説
常総市蔵持にある六所塚(前方後円墳) は、平将門の父である平良持が延喜年間に創建したと考えられています。古くから良将と将門が埋葬されていると信じられおり、祭祀されてきました。大きさは全長70mを誇り、常総市指定文化財となっています。かつては85基あった鬼怒川右岸の神子女(御子埋)古墳群内に在り、古墳群内では唯一の前方後円墳で最大規模とされる六所塚は、すぐ近くに、平親王将門一族墳墓之地があり、おすすめ観光スポットです。
所在地〒300-2722 茨城県常総市蔵持251番地
お問合せ常総市観光協会・常総市商工観光課内:電話 0297-23-9088
参考常総市役所 常総市公式ホームページ
六所塚(前方後円墳)のVRツアーの案内
常総市の六所塚(前方後円墳)の地図
常羽御厨兵馬調練の馬場跡:常総市の平将門の伝承・馬場
常総市馬場にある常羽御厨(いくはのみうまや)調練の馬場跡は、平良将と将門の父子二代で管理した牧場です。平将門の兵馬調練場として軍事上の重要拠点であったため、937年の子飼の渡の戦いに勝利した良兼によって常羽御厨の多数の人家舎宅が焼き払われたとされています。
所在地〒300-2748 茨城県常総市馬場445-1
お問合せ常総市観光協会・常総市商工観光課内:電話 0297-23-9088
常羽御厨兵馬調練の馬場跡のVRツアーの案内
常総市の常羽御厨兵馬調練の馬場跡の地図
桑原神社:常総市の平将門の尊崇した神社
常総市国生にある桑原神社は、延喜式内社(小)の郷社で、平将門も尊崇した神社です。772年、下総国の国司である桑原王によりに創祀され、平将門の父である平良将公により下総国亭(庁)が置かれ政治の拠点とされました。当初は現在より東方の鬼怒川右岸にありましたが、延宝6年(1678年)、住民の移居により現在地に遷座しました。
所在地〒300-2741 茨城県常総市国生1186
お問合せ常総市観光協会・常総市商工観光課内:電話 0297-23-9088
桑原神社のVRツアーの案内
常総市の桑原神社の地図
香取大明神:常総市の平将門の父創祀の神社
常総市向石下にある香取大明神は、昌泰年間(897~901年)、平将門の父である平良将が下総国亭(庁)を開き政務にあたる際に、東国創業の香取神宮を総社として勧請し創祀したのが始まりと云われています。
所在地〒300-2742 茨城県常総市向石下15
お問合せ国王神社:電話 0297422070
香取大明神のVRツアーの案内
常総市の香取大明神の地図
将門川:常総市の平将門の伝承の川
将門川のVRツアーの案内
常総市の将門川の地図
國王神社のVRツアーの案内
坂東市の国王神社の地図
延命院:坂東市の平将門の同塚伝説・寺
延命院は、坂東市神田山にある新義真言宗の寺で篠越山延命院観音寺とも言い、将門の胴塚がある事で広く知られています。延命地蔵菩薩が本尊です。
平将門の胴塚は坂東市神田山の延命院にあります。平貞盛・藤原秀郷連合軍との合戦で命を落とした将門の首は京都大路に晒され、残された遺体をひそかに葬ったのが、この胴塚と云われています。
所在地〒306-0617 茨城県坂東市神田山715
お問合せ延命院:電話 0297-35-0554
参考坂東市 延命院と胴塚 紹介ページ
将門の胴塚のVRツアーの案内
坂東市の平将門の胴塚・延命院の地図
北山稲荷大明神・神社:坂東市の平将門の乱・「北山の戦い」・平将門終焉の地説
平将門終焉の地は諸説あり、この北山稲荷大明神も北山古戦場の平将門終焉の地とされています。昭和50年、源頼信が平将門鎮魂のため建てたとされる板碑がこの場所で見つかりました。
所在地〒306-0632 茨城県坂東市辺田1402-1
お問合せ坂東市観光協会・坂東市役所 商工観光課内):電話 0297-20-8666
北山稲荷大明神のVRツアーの案内
坂東市の北山稲荷大明神・神社の地図
島広山・石井営所跡:平将門の関東制覇の拠点
坂東市岩井にある島広山・石井営所跡は、平安中期に平将門が関東制覇の拠点とした場所といわれています。「将門記」には承平7年(937年)、伯父である平良兼により襲撃を受けるが打ち破ったと書かれています。また、石井営所周辺には重臣の居館や郎党の住居、軍勢の宿舎や食糧庫、馬繋ぎ場などが設けられ賑わいましたが、天慶3年(940年)、藤原秀郷と平貞盛の連合軍に破れ、すべて焼き払われしまったと記載されています。
お問合せ坂東市観光協会・坂東市役所 商工観光課内):電話 0297-20-8666
所在地〒306-0631 茨城県坂東市岩井1603
島広山・石井営所跡のVRツアーの案内
坂東市の島広山・石井営所跡の地図
石井の井戸跡のVRツアーの案内
坂東市の石井の井戸跡の地図
富士見の馬場:坂東市の平将門史跡
坂東市にある富士見の馬場は、平将門が軍馬の調教・訓練、馬の取引(馬市)をしていた場所と云われています。当時はここから富士山が眺められたことが名前の由来となっています。
所在地〒306-0631 茨城県坂東市岩井2245-5
お問合せ坂東市観光協会・坂東市役所 (商工観光課内):電話 0297-20-8666
参考坂東市 富士見の馬場 紹介ページ
富士見の馬場のVRツアーの案内
坂東市の富士見の馬場の地図
九重の桜:坂東市の平将門の伝説の桜
坂東市岩井にある九重の桜は、朱雀天皇の元服の儀により帰国を許された平将門が、その感謝の意をこめて植えたものと云われています。九重という言葉は皇居・王宮を表し、元服の儀が行われた京都御所の紫宸殿前桜を株分けしたものとされています。※写真をクリックすると九重の桜の満開のVRツアーを体験できます。
所在地〒306-0631 茨城県坂東市岩井2454-2
お問合せ坂東市観光協会:電話 0297-20-8666
参考坂東市 九重の桜 紹介ページ
九重の桜のVRツアーの案内
坂東市の九重の桜の地図
弓田香取神社:坂東市の平将門の営所の守護神の神社
坂東市にある弓田香取神社の杜は、律令時代に兵営の守護神として創祀され、承平3年(939年)2月に平将門が参拝したと云われています。この弓田香取神社と200mほど東にある慈光寺との間は、奈良時代からの軍事基地であったとされ、将門はその後を引き継ぎ軍事拠点とし、神仏の加護を祈っていたことがうかがえます。
所在地〒306-0607 茨城県坂東市弓田273
お問合せ延命寺:電話 0297-35-1847
弓田香取神社のVRツアーの案内
坂東市の弓田香取神社の地図
慈光寺:坂東市の平将門の営所の鬼門除け・寺
坂東市弓田にある明王山慈光寺は天台宗のお寺です。創建は奈良時代の746年で当初は法相宗に属していました。平将門が石井営所に拠点を移した際、鬼門除けの本尊として深く信仰していたと云われています。通称、弓田のポックリ不動尊として知られ、坂東市指定文化財の木造阿弥陀如来坐像・不動明王及び二童子立像があります。
所在地〒3306-0607 茨城県坂東市弓田388
お問合せ慈光寺:電話 0297-35-1508
参考坂東市 弓田の不動尊 紹介ページ
慈光寺のVRツアーの案内
坂東市の慈光寺の地図
延命寺のVRツアーの案内
坂東市の延命寺の地図
西念寺のVRツアーの案内
坂東市の西念寺の地図
深井地蔵尊:坂東市の平将門の伝説・妻子受難の地
坂東市沓掛にある深井地蔵尊は、平将門の妻子受難の地とされています。承平7年、敵対していた伯父の良兼との戦中に脚気を患った将門は、妻子を船に乗せて隠していました。妻子は良兼軍が引き揚げたので岸に戻ろうとしたところ、残り兵に見つかり芦津江のほとりで殺されてしまいました。深井地蔵尊はこの妻子の冥福を祈り造られたと考えられております。妻子受難については諸説あり、引き揚げられた妻子は良兼の娘らでその後解放され、殺されたのは君の御前(平真樹の娘)であったともいわれています。
所在地〒306-0515 茨城県坂東市沓掛2205
お問合せ坂東市観光協会・坂東市役所 商工観光課内):電話 0297-20-8666
深井地蔵尊のVRツアーの案内
坂東市の深井地蔵尊の地図
坂東市民音楽ホール・平将門公之像:坂東市の平将門の銅像
坂東市岩井にある市民音楽ホール「ベルフォーレ」の前庭広場には、平将門公之の騎馬像が建っています。この立派な平将門公之像は、茨城県土浦市育ちの彫刻家である一色邦彦氏が手掛けました。また、ホール入口のレリーフ壁画にも、平将門が大きく描かれています。
所在地〒306-0631 茨城県坂東市岩井5082
坂東市民音楽ホール・平将門公之像のVRツアーの案内
坂東市の坂東市民音楽ホール・平将門公之像の地図
結城諏訪神社:結城市の藤原秀郷の平将門の乱鎮圧祈願所・神社
天慶3年(940年)、朱雀天皇が下野の武将・藤原秀郷(ふじわらのひでさと)に平将門を討つよう命じ、必勝祈願のための祈祷を行ったのが、諏訪神社の始まりです。将門軍に勝利した秀郷は、社殿を建築し御神体として神事に使った矢を奉納しました。現在も将門の城の方角へと矢を射る「弓引き神事」が1月27日に行われます。
所在地〒307-0021 茨城県結城市上山川161
お問合せ結城諏訪神社:電話0296-35-6007
参考結城諏訪神社公式ページ
結城諏訪神社のVRツアーの案内
結城市の結城諏訪神社の地図
結城諏訪神社の勝負石:結城市の平将門の乱の伝説・石
結城諏訪神社の境内にある大岩です。将門軍の矢から藤原秀郷を守ったと云われています。岩に触ることで力を分けていただける、願いが叶うといわれ、 勝負岩と呼ばれています。
お問合せ結城諏訪神社:電話 0296-35-6007
所在地〒307-0021 茨城県結城市上山川161
結城諏訪神社の勝負石のVRツアーの案内
結城市の結城諏訪神社の勝負石の地図
大栄寺 山川不動尊:結城市の平将門のゆかりの仏像・寺
山川不動尊は、結城市にある平将門ゆかりの寺です。 山川不動尊には、木造不動明王坐像があり、江戸時代に書かれた「山川不動尊略縁起」によると、平将門が京都を訪れた際に、東寺に安置されていた不動明王像を守り本尊として持ち帰ったとされている仏像があり、 平将門の乱の後、この不動明王像は一度行方不明になったとのことです。後にその仏像が漁師の網にかかって引き上げられ、仮の小屋に安置されていたそうです。慶長6年(1601年)に大恵上人によって、将門のゆかりの地である山川不動尊(大栄寺)に正式に祀られることになったとされています。木造不動明王坐像は、現在、茨城県の指定文化財になっています。 大栄寺 山川不動尊は、毎月28日に縁日があり、多くの露店と人で賑わいます。
所在地〒307-0033 茨城県結城市山川新宿311-1
お問合せ山川不動尊:電話 0296-35-1628
参考結城市 山川不動尊縁日 紹介ページ
大栄寺山川不動尊のVRツアーの案内
結城市の大栄寺山川不動尊の地図
東光寺のVRツアーの案内
古河市の東光寺の地図
高田神社のVRツアーの案内
稲敷市の高田神社の地図
常陸国府跡のVRツアーの案内
石岡市の常陸国府跡の地図
般若寺のVRツアーの案内
土浦市の般若寺の地図
月読神社のVRツアーの案内
つくば市の月読神社の地図
水守城址のVRツアーの案内
つくば市の水守城址の地図
佐都ヶ岩屋古墳の地図
海禅寺:守谷市の平将門の菩提寺の伝説・寺
守谷市高野にある海禅寺は、平将門が父の菩提を弔うため創建した寺と云われています。守谷市指定文化財となっている海禅寺縁起には、将門は妙見菩薩を崇拝し、そのご加護により伯父の国香を討ち果たし関東八州を制したと記されています。海禅寺には将門の娘である如蔵尼の持仏だったとされる本尊、将門および七人の影武者の墓とされる供養塔、平将門の子孫とされる相馬氏の位牌があります。
所在地〒302-0125 茨城県守谷市高野1337
海禅寺のVRツアーの案内
守谷市の海禅寺の地図
海禅寺の観光VRツアー
海禅寺の七騎塚の地図
日枝神社:守谷市の平将門と藤原純友の「大鈴」伝説
守谷市鈴塚にある日枝神社には、承平天慶の乱で共に反乱を起こした平将門と藤原純友が、互いの戦勝祈願のため神社裏に大鈴を埋めたという伝説があります。
所在地〒302-0126 茨城県守谷市鈴塚184184
























































平将門ゆかりの地おすすめスポット 55件
平将門ゆかりの地は、将門の敵方等関係者も含めたゆかりの地です。未だ登録されていないスポットもあります。